思い起こせば私の中で”毛との闘い”は、この世に

思い起こせば私の中で”毛との闘い”は、この世に生録を受けたまま始まったのだ。40以前、当時はベイビーの内の産毛をまず剃るためしっかりとした毛髪がはえて来るのだと、今からは全然考えられない(何の論拠があったのかも思い付かが)言い伝えがあったらしく、何の反撃も出来ない僕は、軽々と丸刈りにされ、次に生えてきた毛髪と言えば、敢然としすぎの生来パーマを置きたようなアルティメットくせ毛だったのだ。物心付く幼稚園児の頃には、伸びてくるといった鳥の巣のようになるとについて常にベリーショートって言えるほどの短さで、集合映像の時に男児といった間違えられるほど…、幼心に傷ついたものだ。小学校になり、少しは毛を引き伸ばすことにも繁盛、梅雨の時期にはいつもまとめるという面倒を怠らなければ、くせ毛のケアが割に簡単な時を見せることが出来た。だが、中学、ハイスクール辺りになって来ると、サラサラストレートヘアへの憧れが…髪をかき振り上げる仕草の美しさに憧れ、いろんな方法を試す時が来たのだ。今では立て直しノウハウも進化して時間も手間も少なくなってはいるが、当時は、ストレートパーマと言えば毛にプラスティックの板という物を何枚も何枚もぶら下げる計算で、薬剤で毛を引き伸ばすので、重くて肩は凝るし、パーマが取れて現れるところには毛が痛んでバサバサ始めるしで、加えて費用も高かったので、くせ毛はに悩まされた青春時期となった。人前人柄、立て直しストレートパーマのノウハウも進化し、未だに料金は高かったが、この頃にはくせ毛を活かして、ソバージュ毛と呼ばれるパーマを割りあてることによって、ケアの簡略化、加えてパーマもちの良さは半端なく長かったりという、くせ毛ならではの恩恵を活かした正に安泰期となった。事後、結婚式し、子も出来上がり、子にはおんなじ間違いは犯さず(おかげで少しのくせ毛で収まってある)、進化したストレートパーマにも何度となく試し続けたが、今はほどほどで良いのではないかと憧れ取り掛かり、普通のショートカットで、たまにストレートアイロンで引き伸ばすという手の内を使い、どうにもくせ毛感じを楽しんでいる。
そういった今でも、サラサラストレートヘアには憧れを抱いてはいるのだが…w。マイナチュレの通販